ななはち文庫

自作の小説やコラム、日記やエッセイなどの文藝倉庫。

生徒会長の4コマ

かつて、自分は「生徒会長」をやっていたことがありました。過去の話です。

今でこそジョークやユーモアを語れますが、もしかしたら。どこかであの出会いが無ければ、あの言葉を自分が発しなければ…一毫もユーモアを見いだせないカチカチの人間になっていたかも知れません。

今は、真剣とオチャラケ、バカとマジメの狭間で生きています。

その、オチャラケや、バカの部分も教えてくれた大きな一つは僕にとってはおそらく「4コマ」でした。

そんな、「生徒会長と4コマ」のストーリー全4話を以前noteに載せたのですが、ブログにもまとめることにしました。
以下、リンクです(何らかの影響でリンクが切れていたらすいません)。

noteマガジン(全話)
https://note.mu/fukujin/m/m4a5cd7d2db14


第1話 起
https://note.mu/fukujin/n/n6c4f6e023e8d

第2話 承
https://note.mu/fukujin/n/nb7d28a5a7232

第3話 転
https://note.mu/fukujin/n/n79eb93b61de8

第4話 結
https://note.mu/fukujin/n/n4fe257b22c9f




(完)

夢日記 第二夜

気が付いたら私は面接会場にいた。パイプ椅子に座り、背筋を伸ばし、拳をやんわりと握り、まるで「就活マニュアル」にでも載っているかのような姿勢で自分の名前を呼ばれるのを待っていた。

「インスタント」という名前の会社らしく、名の通り、「インスタント」の商品を扱っているようだった。

周りにも数名の就活生、顔色は総じて悪く、緊張を通り越して「気持ち悪い」とでも言いたげな表情を浮かべていた。

(面接というのは過酷なものだ、なにも人格を否定されたわけではないのに、面接に落ちただけでこちらは人格を否定されたかのような絶望感の渦に陥る。あちらに人格を否定されていようがいまいが、こちらはそちらに「奉仕しよう」と臨んでいるのに、落とすのは酷というものだ。齢二十代の将来不鮮明・心身不安定な時期に面接をぶつける世の中なんて、木綿豆腐にヘビー級チャンピオンの右ストレートを思い切りぶつけるようなものではないか。あまりにも酷だ。)

などと半ば支離滅裂な下りも含んだ感想を抱いていると、ついに自分の名前が呼ばれた。

 

大柄な試験官が突然口を開き、「差別的な醜い意識を無くすために重要なのは何だと思うかね?」

 

と問われたので、驚く間もなく、私は咄嗟に

 

「≪どんな人にも強みがある≫、≪どんな人にも弱みがある≫、そして≪どんな人にも過去がある≫と想像できる力、それを受け止める心だと思います」

 

と答えた。それを受けて試験官は

 

「合格だ。ただし、次の質問に応えられたらな」

 

と続けた。

 

そして試験官は「『安楽』について思う全ての所感を言え。特に、現代のものについて」と続けた。

 

あまりにも唐突な質問に私は尻込みしたが、咄嗟に、

 

「安楽は人を腐らせることもできるし、人を成長させることもできる。それを分岐するのは『自治』ではないかと私は結論付けます。自らを試練たらしめる刺激に対して、各々の持つ経験からくる反応により刺激対象を忌避し、その結果得られる安楽。もう1つは刺激対象そのものを駆逐し、一切の忍耐も伴わず自閉的に苦痛を殲滅することで得られる安楽。このままでは、現代社会の歯止めの利かない技術発展の中で安楽を失いたくないという、安楽への隷属からくる不安、つまりは≪安らぎのない安楽≫を含蓄する人々が増えていくのではないかと思われます」

 

と寝言のように呟いた。決してクリティカルな返答ではないと直感したが、試験官は

 

「残念だ。もう少し、面接を続けてみようか。という判断に至った。」

 

という私の返答に対するフィードバックを返した。

 

次に試験官は一呼吸おいて、

 

「あなたの正直さを問います。あなたの狡猾さは生きていますか?死んでいますか?」

 

と質問した。私は、これまでを馬鹿正直に生きてきてしまったので

 

「死んでいます。」

 

と答える他なかった。ここで「生きています」と答えれば、「狡猾さ」が評価されたのだろう。私は「正直さ」を評価してもらう選択肢を選んだ。さて、この選択が、この企業にとっては吉なのか、凶なのか…。

 

試験官はフゥと一呼吸おいて

「しょうがないな」と呟き、「次の質問へ移る」と続けた。

 

「今まで食べたインスタントの味と、食べた場所を教えてね」

 

急にタメ口になったので驚いてしまい、咄嗟に記憶を手繰り寄せ

 

「日清カップヌードルのチリトマト味です。下北沢駅で終電を逃してしまい、泣く泣くコンビニで買ったチリトマトを啜りながらカラオケに泊まったのをよく覚えています。あの味は忘れられません。」

 

と答えた。試験官は「チリトマト、美味いよね」と呟いた後、腕を組んだ。

今更ながら気が付いたが、試験管の腕には油性ペンで「ぼくに与えられたぼくの一日をぼくが生きるのをぼくは拒む」と書かれていた。私は「そういう人もいるんだなぁ」という感想を持った。

 

試験官はウンウンと唸った後、遂に口を開いた。

 

「最後に質問です。前方後円墳は好きですか?」

 

「…意味が分かりません」

 

「なんだと!?私は讃岐うどんのほうが好きだ!この部屋から出ていけ!」

 

私は、どうやら面接に落ちたようだ。世の中は、酷だ。

 

そう思った瞬間に、目が覚めた。

 

サボタージュ・トリップ

"運転手さんそのバスに
僕も乗っけてくれないか
行き先ならどこでもいい"

ブルーハーツ「青空」より。

 

日常から非日常へ向かう旅。気持ちがふわふわする旅。ふらふらと、あてもなく彷徨う旅。効率のかけらも感じられない、非生産的な旅。

「サボる」という語は「サボタージュ」からきている。「サボタージュ」の意味を調べると

「仕事などを怠けること。 過失に見せかけ機械を破壊する、仕事を停滞させるなどして経営者に対し損害を与える事で事態の解決を促進しようとする労働争議の一種であるフランス語」

とある。労働に対する抗議、ストライキの一種とも言える。

「会社とは逆方向の電車に乗り込む」…そんな旅を「サボタージュ・トリップ」と名付けたい。「オーストリッチ・トリップ」と言ってもよいかもしれないと思ったが、やめにした。

「オーストリッチ」は英語で「ダチョウ」を意味するが、ダチョウは危険を感じると砂に頭を埋め、脅威の対象が目に入らないようにするという俗説から「現実逃避者」の意味としても使われる。この語には「見ないようにしても危機がなくなるわけではないのに、愚かだ」というニュアンスが伴っている。

「逃げる」ことを悪として捉える風潮は未だに残り続けている。「ゆとりだ」「俺たちを置いて逃げるのか」「怠慢だ」…そうした雰囲気が、残業サービス、有給とらない、は当たり前。という日本の企業精神を作っているんじゃないだろうか。

逃げるは恥だが役に立つ」。通称「逃げ恥」として一時期ムーブメントを巻き起こした。恋ダンスのやつだ。

メッセージ性のある直球タイトルが苦痛な通勤退勤を繰り返す現代サラリーマンに響いたのかもしれない。苦痛なら、逃げてもいいのだ、と。

壊れては、どうしようもない。逃げることは大切だ。

その行為は、現実逃避者ーーオーストリッチーーーかもしれない。

しかし同時に、時代に対する必死の抵抗ーーサボタージューーでもあるのだ。

日常から非日常へ向かう旅。気持ちがふわふわする旅。ふらふらと、あてもなく彷徨う旅。効率のかけらも感じられない、非生産的な旅。

声を大にして言えないことを、声を大にして言える旅。

有給がとれても、とれなくても。身体が、精神が。
時代に、社会に抗うならば。「サボタージュ・トリップ」をするべきなのだ。

北海道でも、沖縄でも、近場のカフェでも海外でもどこでもいい。

実家でもいい。

その中で感じる諸々が、これからの方向性を定め、感情を豊かにし、その日にありふれた日常を過ごす「価値」を遥かにに上回る、自分の人生にとって計り知れない「価値」を生み出すかもしれない。

 

 

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夢日記 第一夜

前書き

この夢日記は、私が夢を見て、かつ、覚えている範囲で書き起こすことができた範囲の内容である。

 

 

 

ーーーー気がついたら、大きな研究施設のような場所にいた。おそらく、かなり有名な大学なのだろう、と思った。

 

何故か何者かに追われているらしく、私は走っていた。長い長い廊下を抜けると、他にも逃げている仲間がいることを思い出した。

 

他に逃げている仲間は、どうやら何人か捕まっているようだった。現実にはそんな名前の友人はいないのに、何故か「タクヤが捕まった」ということだけは認識していた。

 

タクヤ」はリーダー格で、身体能力が高く信頼にも厚い(という設定)を思い出し、私は急に不安に襲われた。「タクヤが捕まったのだから、私も捕まるだろう」と確信した。

 

走っていても、何故か疲れない。スタミナという概念が消え去ったかのように私は長い間、かなりのペースで走り続けた。その間、廊下から階段、研究室のような部屋、音楽室のような部屋、体育館のような空間を通過したが、全くヒト(及び、動く物体)に会うことは無かった。

 

しばらく走っていると、「自分を追跡するものは、どんな姿をしているのだろう?」という好奇心が生まれてきた。

しかし、「追跡者」の姿は依然として見ることは出来ず、ただただ、自分が走っていると後ろから追い掛けている足音が聞こえるだけであった。

 

不思議と不気味には思わず、ただただ好奇心が生まれた。足音はするのに、実態はない。これは、幽霊の類なのではないか、と思い胸が高鳴るのを感じた。恐怖を微塵も感じることなく、「幽霊」を捜索する意志が固まった。

 

「追跡者」は私の中で「幽霊」になり、私が「追跡者」となり、「幽霊」を追いかけ始めた。

 

私が踵を返し、足音のする方に走り始めると、逃げるような足音が聞こえた。

どうやら「幽霊」は私から逃げているようだった。

 

「追跡者」になった私は楽しくなり、夢中になって幽霊を追いかけ回した。どこまで走っても、やはり疲れることはなく、足音は止まなかった。

 

廊下を走っていくと、突き当たりにシャワールームがあり(正確には、「シャワールームはこちら」という張り紙が見えた)、幽霊を遂に追い詰めたことを直感した。

 

足音がシャワールームに吸い込まれ、足音が止んだ。私は胸が躍った。遂に幽霊の正体が分かると思い、走るのをやめ、歩きながら、ゆっくりとシャワールームに近づいた。

 

恐怖を一切感じることなく、まるで純粋無垢な子供の興味だけを掻き集めたような好奇心で、ゆっくりと左目からシャワールームをのぞき込むと、そこには

 

身長180cmを超えた大男が、ドーナツを持って立っていた。

顔はで出来ていた。

 

 

私は「幽霊」の正体を目の当たりにした瞬間に全身の毛が逆立つような恐怖を感じ、「ヤバイ」と直感し踵を返し走り始めた。以前の倍以上のスピードで、その場から逃げる確固たる決意をした。

 

すると、また、後ろから足音が聞こえてきた。私の速度を上回るほどの「ダッダッタッ」という力強い足音に更なる恐怖を覚え、私は全身に目一杯力を込め、加速した。

 

そんな中、「踵を返す」という行為が「追う者」と「追われる者」の役割を変えるということに気付いた。というより、以前タクヤが言っていたような気がしていたことを思い出した。

 

しかし、「幽霊」の正体におぞましさと気持ち悪さを感じた私は、もう振り返りたくないと既に心に決めており、選択肢は「前を向いて逃げる」ことのみに限定されていた。

 

全力で走る中、トイレがあったことを思い出し、個室に立てこもろうと企てた。

案の定、その企てを閃いた後すぐにトイレを発見し、私は一目散にトイレの個室に駆け込んだ。

 

鍵をかけようとすると、外から開けようとする強い力が働いていることに気づき、全力で鍵をかけ、息を切らし、その場に座り込んだ。

 

しかし、このままではマズイという感覚に襲われ、どうにか脱出しようと、周りを見渡した瞬間、目の前に「全身が藻に包まれた優しそうなオジサン」が現れ、何故か安心感を覚えると、

 

急に睡魔に襲われ、

 

 

そこで目が覚めた。

 

居酒屋物語

 「上司に阿諛するような真似はするな」という経験則に基づき、毒バナナでゴリ松課長の頭部を渾身の力で、ひっぱたく。

瞬間、課長の頭皮に張り付いていたと思われる黒々とした鬘が、あらぬ方向へと等速加速直線運動で飛んでいく。

ゴリ松課長の毛根が既に死滅していたことを審らかにした事件から5日。僕は、軽佻な行動を恥じ、罪悪感で呻吟しつつ、ポテトチップス(ゴーヤ味)を食べていた。

巧まざる僕の純真さが引き起こしてしまった剣呑な行動。部署内では既に「アイツは純真だ」との噂が喧伝され、もう戻れそうにない。

幸甚なことに、親しい友人も彼女も皆無であった。励ましのメールなど無いかと持ち得る全ての連絡ツールを悉皆調査しても、そこにはいつも通りの「0件」の文字が浮かんでいた。

九時、忸怩たる思いにも挫けず「クジラの無花果付け」という九ツ字のお気に入りメニューを食べるために居酒屋「YES!ゴルゴンゾッチュ!」に向かう。僕の心の拠り所であり精神の恃みであり最期の綱だ。

何から話していいものか、と暖簾の前で逡巡していると中から「何があったか知らないけど、入りなよ…」とオヤッサン(29歳・♀・AB型・独身・座右の銘は「ウェーイ!」)の声が聞こえてきた。「シルエットで分かるよ…」そう呟くオヤッサンは些か滅茶苦茶怖かったが、席に着くと「いつも」の雰囲気に張り詰めた心が寛解を覚えた。

いつもはここに常連の馴染みがいる。相手のことばの語尾を、絶えずオウムのように繰り返す田代。相手の目を常に覗き込みながら聞く吉田。「それで?」という促しの相槌を絶え間なく挟む小林。

常ならば悉く顰蹙を買う彼らの一挙手一投足も、今日この時だけは私に安寧を与えてくれた。今日だけはオーストリッチでありたい、沢庵とグラタンを渋茶で胃に流し込みながら、素直に思った。(完)

 

 

 

小説「間違いたい人」

「アニメなんてくだらん。お前は普通に進学するべきだ。えぇ、いや、せねばならない。」
――――まるで担任が世界を代表して僕を批難しているようだった。
客観的に見ればこの表現は大袈裟に見えるかもしれない。
しかし、当事者の僕にとっては、なんて等身大の表現だろう!と寧ろ自身の表現に感嘆の念さえ抱いていた。
その結果に付随して、僕は、僕自身が、世界というものに拒否されている感覚を鮮明に覚えたのだった。

センター試験前最後の三者面談があったこの日、僕は僕なりに自分が進もうとしている進路を否定しようとしていた。

僕は、単純に単純に、それはもう純粋無垢に、アニメやゲーム、漫画が好きだった。

一般的だ。なんらおかしくはない。クラスの自己紹介でも、卒業文集の自分のページの「趣味欄」にも「アニメ」「漫画」「ゲーム」を書いておけば、全く差支えがない。一週回って、なんの面白みもないくらいだ。

クラスの大半が納得している、マジョリティの意見だ。

しかし、そのマジョリティは、「進路」というものには影響力を持ってはくれない。

アニメやゲームが好きだからといって、普通、その道には進まない。普通に経済学部とか、理学部とか、それこそ「差し障りのない」教科に行って、趣味としてアニメやゲームを楽しむ。

アニメやゲームの世界に進むのは、根っからのアニオタ、若しくは、それしか能がない奴、若しくは、現実を見据えないゲームバカ、ゲーム脳、その程度に思われるからだ。
と、思っているからだ。

「真面目な道」、安定した道を選ぶにあたって、そこにはゲーム学部とか、そういった「ふざけた」選択肢はない。
と、思われているからだ。

確かに、そうかもしれない。
ゲーム学部に入るなんて、よっぽどゲームに侵されていないと出来ない。
ゲームがなければ生きていけない。そんな人達が集まる学部だと僕も思っていた。

ただ、「彼」に出会うまでは。

「彼」に出会うまでは、ゲームやアニメやゲーム、そんな道に職業として進むのは、甘えであり、「ふざけた」選択肢の1つであると考えていた自分がいた。

「ふざけるな」

そんな思いを、今の僕はかつての僕に抱く。
「彼」の考え方は、至極ふざけていながらも、世界の真理を悉く貫いていて、説得力を正確に捉えることは出来ないものの、その芯に含まれた確かな論理構築は、僕の生涯的理論を鮮やかに打ち砕いていった。

僕を崩壊させた「彼」をAとおく。

Aは、学年一位の秀才、スポーツ万能、生徒会長も務める一期上の部活の先輩だった。

正直、何人もの才能を一緒くたに掻き集めたようなAの才能には嫉妬も充分にしたし、嫌味も十二分に零した。

Aは、こともなげに謙虚でいながらも、畏まった性格ではなく、誰から皮肉を言われても闊達に微笑んでおり、居丈高な発言もなければ能力を誇示することも、自嘲や屈託をして卑屈になることも、
かといって老成していて関わりずらいと言うわけでもない、ある種において周囲を圧巻している人物であった。

ここまで表現を重ねても、彼の性格及び雰囲気を正確に伝えることは出来ない。

名状し難いとはまさにこの歯痒さに極まれりということで間違いは無いのだが、
とにかく、彼が生半可な人物ではないことはわかっていただけただろう。

そんなAが進学した先の噂を今年の春に聞いた。

「デザイン専門学校」という部類にカテゴライズされる学校だ。

あれ?どうして?大学じゃないの?しかも、四年制とかそういう問題じゃなくて、専門?デザイン?え?絵がうまかったっけ?A先輩?え?は?どうゆうこと?

少し「軽蔑」に近い念を持った私の感情は、Aに進学の理由を聞く図々しさを与え、著しい行動力を生んだ。

単純に、予想外中の予想外だったので、「なぜ」を判明させたかったのだ。

それだけの理由だったのに、この行動が、僕の未来を大きく、著しく大きく変えることになったのだった。

ここからの自分の行動はあまりにも図々しすぎるので、出来るだけカットするとして、僕はAと会った。

そして、会話を三時間ほどした。

その情景及び状況、その内容に関しては、実はあまり重要でないのかもしれない。というと嘘になるかもしれない。というのも、話せば長くなるし、語れば不遜のようになるし、振り返れば感傷に浸っているかのように自分が映るからだ。

だから当時の会話の内容は「シークレット」ということにしておこう。

そのシークレットを通過した僕は、三時間で別人のような心持ちになっていた。

まるで、人生を変える映画を見終えて尚、まだ自分が映画を見続けているような満足の上限に達しない、現在進行形の満足感と、
先輩の語りから得たものを反芻する行為だけが、先輩との別離との後、何時間か、ただただリフレインしていた。

生まれ変わった僕は、担任に進路を告げる決意をした。

――――――――――――
(三者面談中)

確かに僕は、そこまでアニメやゲームが好きじゃない。多分、「本当に好き」という人達、ゲームやアニメに何十万円も注ぎ込む人たちに比べれば、まだまだだ。

でも、好きだ。

人生は、誰のためにある?

好きなことをしなくてどうする。
いや、どうしようもない。

そんな月並みの「人生のあり方」だけれども、先輩は、それが真理であることを体現していたのだった。

安定した人生の先にある安定した人生。

安定には努力が伴うから、人は努力をして、苦労して苦労して、ちゃんとした安定を獲得する。

その経過で、「努力した」という、自己を正当化されうる要因があるからこそ、自身の人生がより正当なものだと確信して日々を過ごすことが出来る。

そういう人達が普通だ。そして、間違っていない。

間違っていない。

ここが重要だ。
間違っていなければ、正しいからだ。

でも僕は違った。

違ったのであった。

多分、僕はそこに抗いたい人だったのだろう。生まれつきの傾向として、Aと同じく、間違いたい人だったのだろう。

特別に、Aの話の一部をここで紹介しよう。

Aによれば、「間違いたい人」は、世界に一定数いるという。
そして、間違いたい人は、minorだが、間違いたい人がいなければ、世界は形を為さず、崩壊するという。

もし、自分が「間違いたい人」だという自覚を持ってしまったら、もう、そうやって生きていくしかない。
それは生まれ持った「傾向」なのだ。抗ったとしても、抗ったその行為すらもその「傾向」の一部なのだ。

人は傾向から逃げられない。

誰一人として。



それが、今回の事例に引用できるAのお話の一部だ。



僕は、

「…宅の息子さんはですねぇ。とても成績優秀で、このまま勉強を続けていれば、間違いなく国立大学には行けると思うんですよ、ええ。でも、ちょっと…。そのデザイン専門学校とかっていうのは、なんですけどねぇ。将来不安ですよ。えぇ。就職先もよくわからないですし、



…僕は、



親御さんとしてもどうですか?ねぇ。えぇ、いや、まぁ覚くんの意見を聞くってのも大事なんですけどね、ちゃんと行くべき先っていうものもある。
行きたい道じゃなくて、行かねばならぬ道、そういうものもある。

僕は、

はっきり言いますけどね。アニメなんてくだらん。お前は普通に進学するべきだ。えぇ、いや、せねばならない。


僕は、


その為にもこちらでもヤハリ『正しい』選択肢をですね、いくつか提示していかな」


…間違った人だ

「え?」

「僕は、間違った人だ。」

「はい?」

「多分、先生や母さんは反対するんだろうけど、僕は僕なりに頑張ってみたい。あと少ししか時間はないけど、それまでにきっと先生や母さんを納得させるだけの技術や論理を組み立てようと思うから、どうかそれまで待っていてください。」


我ながら、アホだ。滔々と流れ出るその言葉に、なんの説得力もなかった。

先生の経験値からして、そんな話は突発的で生半可だったことなどお見通しだっただろう。


なだめすかされることもなく、嘘だったように、その話は流れ、その日はとにかく勉強の質を落とさないように最後まで頑張ろうという「オチ」になった。


――――――――――――

そして、センター前日。

僕の胸の中には、予想外の冷静さがあり、これがセンター前日の緊張感か、全然大したことないな、と、見当はずれな思惑を渦まかせていた。

本当なら勉強しなければならないのに、
明日の結果で全てが決まるというのに、

その結果を淡々と明日の僕に任せている。

ただ、間違いたい人として、間違いたい人生を、間違いなく歩んでいることだけは確かだ。

もしかしたら、みんな、間違っているのかもしれない。

今の僕のように、世界に自分の行先を捻じ曲げられて、理想道理ではない、「間違った道」を選んでいるのかもしれない。

いや、きっとそうだ。し、みんなそうだ。

だから、間違っても、間違っても、間違っても、間違っても、間違っても。

間違いなく自分の道を歩みたいと思ってしまう。

価値観でもなく、マジョリティでもなく、そう、「傾向」として。

周りが間違えさせるなら、逆に自分から間違ってやるまでさ。

…夜明けは近い。

先生の「オチ」道理にはさせない。
間違えてやる。

間違いなく。


――――――――――――――――

「間違いたい人」    終




小説「社畜のお正月」(4116字)

 あけましておめでたくなんかない。

「新しい朝が来た」「希望の朝だ」

もう僕には、夏休みの早朝に聞けるような健康的な歌詞文句が心に響くような精神的純粋さは無かった。

きっとみんな世の中正月ムードで、テレビを見ればワハハして、炬燵に入ればヌクヌクしてるんだろうな。

だけど、そういう幸せが国民全員に分け与えられているわけもない。

残業だ。

意味がわからなければググって欲しい。

僕だって意味がわからない。

残業だ。

残業でしかない。

ハッピーニューイヤー!イェー!
という祝賀の祝詞
「新しい年(年と書いて労働期間)が訪れてしまった」というアイロニーにしか聞こえない。

2016年になった。新しい朝だ。
「新しい朝」なんて毎日来るけれど、
この日だけはお日様のお出ましが妙に神々しく感じられるらしい。

PCに向かってプログラミングを打ち込んでいた僕には、朝日を見ることなどできなかった。

そもそも、「年が変わった」という実感すらない。

室内は暖房が聞いていて、頭もぼうっとしている。そういう意味での思考の麻痺もあるだろうけど、もっと大きい意味での「実感がない」。

いつからだろうか。あまり「記念行事」というものにアニバーサリーを感じなくなったのは。

日本は記念行事が多い。日本独自の行事に加えて、クリスマスやバレンタインなどを輸入して、その数は余りあるものになった。

僕だって、確か、クリスマスはちゃんとドキドキしていたはずだ。

小5の頃までは。

サンタさんをこの目で見るまでは絶対に寝ない!という好奇心に駆られて僕はこっそり起きていた。

一昨年、去年と睡魔と格闘したが、あえなく負けてしまったために、その年は張り切っていた。

好奇心というよりも、
本当にサンタはいるのか?
という「疑念心」が大きくなっていたことも睡魔に打ち勝った一因だろう。

そして僕は「真実」を目撃した。

皆までは言うまい。


グリーンランドにいると思ったサンタさんは、実は日本在住だったというだけの話だ。

若しくは、会社勤めのハズのお父さんが、実は兼業で、赤白コスチュームに身を包みトナカイを操る謎の運送会社に副業として勤めていた。

それだけの話だ。


「ものは言いよう」をこの辺から学んだ。

そこからはトントン拍子で、夢のある行事や、「かけがえのないイベント」も減っていった。

「かけがえのないイベント」とは一様に言えるものの、ちなみにそれは、学校行事としての修学旅行であったり、高3最後の夏であったり、まぁだいたいそんな所だ。

そして今に至る。

僕はプログラミングの仕事に就き、所謂「IT土方」として日々を送っている。

どうしてこの仕事に就いたのかは自分でもよく分からない。

高校の頃は文系だった。

理系のコースだったのだが、頭の中は文系だった。

数学をやっていると、なんだか自分が機械になったようで、嫌気がさしたのだが、何故か理系の方が成績が良かった。

文系の教科は好きだったのだけど、何故か成績が伸びなかった。

先生の勧めもあって、僕は「得意」を選択した。

「好き」ではなく。

そして今に至る。

日の出の見れない今に。

神はきっと僕に「機械になれ」とあらましをかけたのだろう。

それならもういっそ機械になってやろうじゃないか。

人間的なようで、機械。
…それが俺だ。


1つ贅沢を言うのなら、正月らしく、雑煮の餅でもすすりたかったな…

かがみもちでもいい…越後製菓の…あの…正解のやつ…


こうして僕の意識は遠のいていった……



————七年後————


僕は思ったよりも「機械」になっていた。

「お餅を食べたい」という願望がフォルムになって現れ、白く丸い美味しそうなロボットになって、人の役に立つように仕事をこなす毎日を送っている。

かつての僕のように心と体を蝕まれた人間がこれ以上増えないように。

そんな僕の決め台詞はこうだ。



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私はベイマックス。あなたの心と体を守ります




【〜ベイマックス誕生秘話〜】【完】



あとがき


どうも。急速すぎるオチに混乱してたらすいません。それが狙いです。

今回は、なんか話が一人称視点で淡々と進んでいきつつ、最後の方で突然の急展開が終わって、訳も分からないまま終わってしまうような、そんなプチ小説を書きたくてこの話を作りました。

はてなブログだと、画像でベイマックスが出るので、多少「なんでベイマックス?」という部分で煽れるかと思ったのでベイマックスをオチに使いました。

ちなみにベイマックスはこんな生まれ方してません。真実は映画の方です。

あと、日本の正月も、社畜の皆さんとか、楽しめない人もいっぱいいるんだろうなぁ、と思って書きました。

ホントにガンバレって感じです。

それでは。